仙台高等裁判所 昭和36年(ネ)75号 判決 1961年4月21日
控訴人 桜田長之亟
被控訴人 千葉待太郎
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の原判決別紙目録記載の土地に対する占有を解き、控訴人の委任する執行吏にその保管を命ずる。執行吏は、控訴人が右土地内において耕作するため立ち入ることを許さなければならない。被控訴人は、右土地に立ち入りまたは控訴人の耕作を妨害してはならない。執行吏は、右命令の趣旨を適当な方法で公示しなければならない。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人が、「仮りに、控訴人と藤倉代蔵および清水端卯之松との間の農地たる本件土地についての持分の移転が岩手県知事の許可を停止条件とする売買契約によつたものであるとしても、これについては同県知事の許可はないのであるから、右契約による所有権移転の効力は発生せず、したがつて、山口久太郎は藤倉代蔵および清水端卯之松から、被控訴人は山口久太郎からそれぞれ本件土地の所有権を取得するに由なく、これが所有権したがつてその耕作権は依然として控訴人にあつたものである。」と述べ、被控訴代理人が、「原判決四枚目表六行目に「疏甲五号証」とあるのを「疏甲四号証」と訂正する。」と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
理由
一、岩手県岩手郡雫石町大字西根第二四地割八一番の一字上葛根田山林一町六反七畝二歩が控訴人の所有であつたこと、控訴人が昭和三二年四月一二日右山林の五分の一の持分を藤倉代蔵に、昭和三四年四月同山林の五分の四の持分を清水端卯之松にそれぞれ移転し、その登記を経由したことは、いずれも、当事者間に争いがない。
二、ところで、控訴人は、右は控訴人の前記両名に対する金銭消費貸借債務の担保としてなしたものであると主張するが、これを認めしめるに足りる疏明はないばかりでなく、成立に争いのない甲第一号証、乙第一、二号証、原審証人清水端卯之松の証言に弁論の全趣旨を総合すると、控訴人と藤倉代蔵との間の前記持分の移転は、控訴人において昭和三二年四月三〇日までに原価をもつて右持分を買い戻し得るとの特約付の売買契約によつたものであるが、その買戻がなされなかつたこと、また、控訴人と清水端卯之松との間の前記持分の移転は、控訴人が昭和三四年四月八日右持分を代金二四万円、控訴人において同月一六日までに原価をもつて買い戻し得るとの特約付で清水端卯之松に売り渡したものであるが、その買戻がなされなかつたことを一応認めることができる。
三、そして、右藤倉代蔵および清水端卯之松が昭和三四年九月一七日前記各持分を山口久太郎に売り渡し、その所有権移転登記がなされたこと、その後同人において前記山林を原判決別紙目録記載の田畑三筆ほか二筆に分筆並びに地目変更したことは、いずれも、当事者間に争いがない。
四、ところが、控訴人は、右目録記載の各土地は、いずれも農地であるところ、その所有権移転について農地法所定の手続を経ていないから、前記売買契約はいずれも無効であると主張する。そして、農地または採草放牧地の所有権を他に移転する場合には、農地法第三条により、法定の除外事由がある場合のほか、都道府県知事の許可を受けなければならないものであることはいうまでもない。
(一) 控訴人と藤倉代蔵との間の前記売買について。
当時前記目録記載の土地ほか二筆が分筆並びに地目変更前であつて、登記簿上山林一町六反七畝二歩と表示されていたことは、前認定のとおりであり、その一部が農地であつたことは、前記証人清水端卯之松の証言により明らかであつて、右の所有権移転につき岩手県知事の許可を受けなかつたことは、被控訴人の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべきであるが、前記売買の目的物は右土地の五分の一の持分にすぎないことは、前認定のとおりであつて、それが特に晨地部分を売買の対象としたものであること、農地部分が同土地の五分の四以上を占めていたこと(成立に争いのない甲第三号証によると、右の売買後の昭和三三年五月当時においても、同土地の農地以外の部分の面積は、全体のそれの五分の一をはるかにこえていることが明らかである。)および右の五分の一の持分が分割されてそれに農地部分が含められたことを認めしめるに足りる疏明がないから、控訴人、藤倉代蔵間の前記売買についての控訴人の右主張は、すでにこの点において理由がない。
(二) 控訴人と清水端卯之松との間の前記売買について。
当時本件土地ほか二筆が分筆並びに地目変更前であつて、登記簿上山林一町六反七畝二歩と表示されていたことは、前認定のとおりであり、その一部が農地であつたことは、前記甲第三号証並びに同証人清水端卯之松の証言により明らかであつて、右の所有権移転につき岩手県知事の許可を受けなかつたことは、被控訴人の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべきであるが、前認定事実に前記乙第二号証並びに右証人清水端卯之松の証言を総合すると、前記売買契約は、そのうち農地部分については岩手県知事の農地所有権移転についての許可のあることを条件としてなされたものであることを一応認めることができ、これを左右するに足りる疏明はない。右事実によると、前記売買契約中農地部分については、前記県知事の許可を停止条件とする農地売買契約と認めるのが相当であつて、かかる契約の有効であることは、いうまでもないところであるから、控訴人、清水端卯之松間の前記売買についての控訴人の右主張は理由がない。
(三) 藤倉代蔵並びに清水端卯之松と山口久太郎との間の前記売買について。
当時本件土地ほか二筆が登記簿上山林一町六反七畝二歩と表示されていたこと、その一部が農地であつたこと、藤倉代蔵が山口久太郎に売り渡したのは、前記の如き五分の一の持分にしかすぎなかつたことおよび清水端卯之松が山口久太郎に売り渡したのは、右土地の五分の四の持分であつたことは、いずれも前認定のとおりであり、清水端卯之松、山口久太郎間の右持分の移転につき岩手県知事の許可を受けなかつたことは、被控訴人において明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべきであるが、前認定事実に前記甲第一号証、成立に争いのない同第二号証の一、二、乙第三ないし五号証に前記証人清水端卯之松、原審証人山口久太郎の各証言を総合すると、右両名間の売買中農地部分については、清水端卯之松が控訴人の承諾を得て、前記条件付権利を所有権に関する法規にしたがつて山口久太郎に譲渡したものであること、同人は、これにより、昭和三四年九月一七日前記の如く一応山林のままで所有権移転登記を経、昭和三五年一月二〇日分筆並びに地目変更の登記をなしたことを一応認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。そうすると、藤倉代蔵および清水端卯之松と山口久太郎との間の前記契約はもとより有効というべきであるから、これを無効となす控訴人の右主張は理由がない。
五、また、控訴人は、控訴人と藤倉代蔵および清水端卯之松との間の本件農地についての持分の移転については、岩手県知事の許可はないのであるから、右契約による所有権移転の効力は発生せず、したがつて山口久太郎は藤倉代蔵および清水端卯之松から右農地の所有権を取得するに由なかつたものであると主張する。そして、県知事の許可を停止条件とする農地売買契約においては、県知事の許可があつたときに農地所有権移転の効力が発生することはいうまでもないが、かかる条件付権利も一般の規定にしたがつてこれを処分し得ることは、民法第一二九条に照らして明白であり、また、条件付権利のままで譲渡された場合でも、後日県知事の許可があつたときは、農地所有権移転の効力を発生せしめるとすることは、農地法上も有効と解すべきものであるところ、藤倉代蔵、山口久太郎間の前記持分の売買については、それが農地についてなされたものであることを認めしめるに足りる疏明がないことは、前記のとおりであり、清水端卯之松、山口久太郎間の前記持分の売買については、条件付権利を所有権移転の方法にしたがつて譲渡処分したものであることは前認定のとおりであるから、控訴人の右主張は理由がない。
六、そして、前認定事実に前記甲第二号証の一、二、乙第三ないし五号証並びに右証人山口久太郎の証言を総合すると、山口久太郎並びに被控訴人は、本件農地等について売買契約をなすに先立ち、昭和三五年一月二六日、雫石町農業委員会を経由して岩手県知事に対し本件農地所有権移転についての許可申請をなしたところ、同年三月八日これが許可されたので、山口久太郎は、同月三〇日、被控訴人との間に本件農地等を代金八〇万円で同人に売り渡すべきことを契約し、同月三一日その所有権移転登記を経由したことを一応認めることができ、これを左右するに足りる疏明はない。右事実によると、被控訴人は、昭和三五年三月三〇日本件農地の所有権を取得したものと認めるのが相当である。
七、そうすると、本件農地が控訴人の所有であることを前提とし、被控訴人に対して所有権にもとづく右農地の返還請求権並びに妨害排除請求権を有するとしてなされた控訴人の本件仮処分申請は、その余の点について判断をするまでもなく理由がないから、これを却下すべく、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条にしたがつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 鳥羽久五郎 羽染徳次 桑原宗朝)